フットボールと音と映像がスイングする世界をうごめく所


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カテゴリ:book( 6 )

レヴォリューション イン マイ ヘッド

来月

ぶちかましますよ。

beat ってえやつを!!!

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詳細はのちほど
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by pivote-21 | 2012-10-31 01:43 | book

EINSTURZENDE NEUBAUTEN を特別講師に迎えたい


長友のデビューと宮市のデビューに心震えた最近です。


久々に

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僕が BEAT を好きな理由。

それは”生き方”がすきなんです。
ただ単にアウトサイダーではなく、ちゃんと意味があるんですよ。

世界に対する姿勢がどことなく共感できる。
そういうのが後から生まれてくる人々に影響を与えている要素の一つなんじゃあないかと。
彼らの表現方法である詩や文章ももちろんのこと、ケルアックの「路上」から受けられる彼らの生き様はとても美しく、尊敬できるものだ。

なぜアメリカの消費社会を批判するのか、というものでも彼らの言葉からは意図が見えてくる。それを知った上で、理解した上での批判。それを詩や文章で言葉巧みに皮肉る。
すさまじいインテリジェンスとひらめきがあるよね。

今の時代に必要なのは、彼らの創り出すような「作品に込められた意図と感情」
そろそろこんなんを重要視してもいいんじゃあないか。
単純に自分たちが面白いと思うからこれをやってみよう、こういう精神がフォローワーを生み出すことも考えられるだろう。
誰の言いなりになるわけでもなく自分たちが作りだす良いと思うものをそろそろ重視してもいい頃だと。
いいものに良いと悪いものに悪いといえる時代が来てほしいね。
だから日本の今の一般的な文化レベルは低いんだよ。
先進国でこんなカスなレベルじゃあ駄目だ、せっかくの良い作品どもが埋もれてしまう。


最近は楽しいものがあまり見つけられないです。
そういう時期なのかな、今はおそらく教養を高める時期なのかと自分で判断しています。

しかしながらBEATな感じの精神で共感できる人たちが少しでも周りにいることがすごいうれしいこと。
そんなバカ野郎どもに捧ぐこういった芸術作品!!

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バロウズについての本
これは狂気、というかいいよお
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ビートニクに関しての映画
ケルアック役にジョニー・デップ、やつもケルアックの大ファンでBEATな粋なやつだった。
これを見ればビートの生き方が理解できるかも。

これらを糧にして日々勉強探求の毎日でっす。
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by pivote-21 | 2011-02-09 00:55 | book

トイレぐらいゆっくりさせたれや!!!


ブラウン管以外から感じ取れる人間的な魅力。

それは著者やラジオや音楽や、さらには生でその人を見たときに感じられる。

演じてない素の部分が素敵な人々のことです。


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ナインティナイン

2月15日に発売された
『ナインティナインのオールナイトニッ本 お台場激闘史 湾岸スキーヤー編』

99のオールナイトニッポンの本だがこれは第2弾。

自分が高校くらいの頃からの年表本だったので、記憶にあたらしい、
読んでいて、懐かしかったり、思わず噴出したりして楽しんでるところです。

その年表のなかに、
岡村さんがバラエティ批判についての思いを言っていたのがあったり、
映画の受賞会で高倉健さんだけに話しかけられたことや、
鶴瓶さんのことなど、
なにかいてもたってもいられなくなるような内容のものもありました。

ラジオという空間から感じ取れる素のナインティナインさんの人間性が素敵だなと思いました。
純粋な笑いへの思いや、なんか変だなと思うものへの素直な気持ちが感じれるから。
リスナーを大事にする気持ちがますますナイナイさんを好きになれる要因の一つだと思う。

この本の発売イベントとして、本屋を経営してるリスナーの店で先行発売をするという素晴らしい企画も無事やってのけた。
しかもその場所は愛知県の田舎のほうで行われた。
そこに集まったリスナーの態度も素晴らしかった。
本当にナイナイさんのファンが集まった素晴らしいイベントになり、みんなルールを守りしっかりとリスナー、スタッフ、ナイナイさんとそしてその本屋さんの書店ボーイさんとその家族でイベントを成功におさめた。
ただおそらくリスナーではない心無いやつ3人がナイナイさんが乗るロケバスを叩いたことは痛い事実。

しかしながら、これだけビッグな芸人であるナイナイさんがこういったイベントを行うこと、
ラジオを大切にすることなどをやってのけることは魅力ある人だなと感じます。
そういう人の周りにはやはりそういう同じような志のある人々が集まってくるし、
そういう人がリスナーになってるんだなあと思います。

一回目のイベントのときに、ナイナイさんがそのイベント会場から出て行くときに集まったリスナーが、
車のスペースをあけて、ズラーっと並んで、前列はすわり、後列はたって、
道を作っていたというのは本当にすばらしいエピソード。

ナイナイさんとともに自分も闘っていこうと思いました。
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by pivote-21 | 2010-02-16 01:12 | book

shing02とblack diceは非常に相性が良い in DJ play!!

名言・格言っていうのを見るのも好きだし、感じ取るのも好きです。

やっぱり、尊敬する人物やなにかをやり遂げた人の言葉ってのは重みがあり、歴史やその人柄、感情を感じる。

で、

ケルアックによる、現代散文のための信念と技法

1、自分自身の喜びのために秘密のノートをつけ乱雑なタイプを打つ。

2、あらゆるものに対して柔順になり、偏見をもたず、耳を傾ける。

3、自分の家の外では絶対に酒を飲まないようにしてみる。

4、自分の人生を愛する。

5、君が感じるところのものはそれ自身の形態を見い出すだろう。

6、くだらない精神に囚われず熱狂する。

7、自分の好きなだけ深く息を吹きかける。

8、心の底から際限なく望むことを書く。

9、個人というものに対して語りえぬヴィジョンをもつ。

10、詩にではなく、たしかに存在するものに時間を費す。

11、空想的で病的な執着で胸を震わせる。

12、トランス状態の凝視によって目の前のものを夢想する。

13、文学的、文法的、統語論的なものを排除する。

14、ブルーストのように、時間について年をとったマリファナの常用者のように考える。

15、内面の独白でもって世界の真実を物語る。

16、重要かつ貴重な中心は、眼の奥にある眼である。

17、自分自身を回想し驚きつつ書く。

18、含蓄ある並みの眼から抜け出て、言葉の海を泳いでいく。

19、永遠に損失を受け入れる。

20、人生の聖なる輪郭を信じる。

21、心のなかで傷つかずに、あらかじめ存在する流れを描写するように努める。


ジャック・ケルアックが残した21の言葉です。

各々、何かを感じ取ってください。

アデュー!!


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by pivote-21 | 2009-09-25 00:01 | book

みあげてごらん

ビートジェネレーションというのがいました。

彼らの生き方は後の人々にもちろん自分にも影響を与えてくれた。

アーティスティックな原点はここにあると僕は信じたいです。

ビート・ジェネレーションというのは簡単にいうとヒッピーな人々に多大なる影響を与えたアーティストたちのことを指します。1940・1950年代の普通の社会と一線を引いた(つまりアウトローな)作家、詩人たちです。1948年前後に「ニューヨークのアンダーグラウンド社会で生きる非遵法者の若者たち」を総称する言葉としてビートジェネレーションは生まれた。しかし具体的な発生時期というのは不明で、彼らの自我の目覚めのような活動がこの時期くらいだったと考えられる。そして実利主義のような、現実的で保守的で誰かがつくった社会の道徳がすべてだと考えれる世界から離れて、失われた人間の生活原理すなわち人間性の原点の発見にむかったところの“孤立した人間の孤立した勇気”(諏訪優)にありました。彼らは精神的にも物質的にも原点にかえって再出発しなければならないと考え、そのために自然にかえり自然といったいになることが必要であり、原始的な活力への憧れが彼らの心に生じたと考えられます。とにかく彼らは社会的制約からはなれ、文明社会からの脱出をはかった。脱出というのが先でもいったような当時のアメリカの情勢の不安定さからの脱出。そしてすべての物事がみえない力によって画一的に追いやられる状況からの人間としての再出発、それがビートのアクションにつながってきた。人間の本質をつきとめるべく、さらには自らがもっている情熱の矛先を探求するために当時の状況下の中からの脱却は勇敢な行動であった。そのビートの活動拠点は基本的にはロスアンゼルス、サンフランシスコ。しかしビートの放浪はさまざまで、まずサンフランシスコ、ニューヨーク、メキシコ・シティ、をつなぐ巨大な三角形の途上にこそあります。基盤はそこにあり、禅を求め日本へ、仏陀を求めインドへ、麻薬を求め南米へと旅にでるアーティストもいました。ビートの詩人のゲイリー・スナイダーという人は特に禅に深く触れ、京都に滞在し、相国寺や大徳寺で臨在禅(悟りを重んじる禅)を学んだ。ビートが禅や仏陀といったアメリカ文化とはまったく異なった場所を求めるのは興味深いことで、しかしながら彼らのもともとの意思やベクトルの先を見れば理解できる行動です。またビートは原始的感情を重んじ、自我を取り戻そうとするのですが、禅や麻薬そしてJAZZに結びつき、自発的な貧困の中に身をおきながら(ビートな人々は原始的な生活を求める上であえて自ら貧しい状況に追いやったともいわれる)、文学形式の中ではもっとも素朴な詩に、その声を求めたということも意味深いことであった。彼らが描く、詩や文章は表現力というのを重視しスラングや世間話のような話しやすいリズム感が表れている。彼らのライフスタイルは基本的にあまりお金がないこと、貧乏で貧困な生活を送っていたという。しかしそれは機械で管理される社会からの分離を望んだ結果、むしろ彼らの望んだ道、すなわち放浪につながるのである。セレブではない、貧困な生活様式こそ「social lie」への一つの答えである。生きていく上での最低限の生活費をパートタイムなどで稼いでそれで生きていけたら良い、あとは自分たちのやりたいようにやるといった思考が伺える。ビートジェネレーションと呼ばれるような連中はほぼ例外なくこういった生活をし、ほぼ例外なしに詩、小説、劇、音楽、絵画などのいずれかの創作活動を行っていた。彼らの存在というのはゲイリースナイダーがいうには「一国の人口のかなりの数をしめながら、目立たない存在である百姓のよう」とみるようにアメリカ各地に散在したのである。スナイダーが百姓と表現したように自給自足である程度の収入で生活する当時の彼らのライフスタイルはさながら60年代に入ってからのヒッピーの思想に良く似ている、そうヒッピーの原点はここにあるのだと思わせてくれるような表現です。彼らは個人的に文学のリトル・マガジンに詩や文章を寄稿していた、そういうことを何年か続けているうちにこのような地下の文学活動の中に互いに共鳴し得る作品があり、同じような意識、思想をもった人間が自然と集ってきたんじゃないかと思われる。彼らビートの共通な思いというのが、「形式ばったハイブローな文化的拒絶」「コミュニケーションとしての、人間の意志伝達の最善の方法として詩を信じていたこと」「彼らのいずれかも、国家、戦争、商業文明の厳しい不信者で、そうしたものから自立的な離脱を果たしてきた人」(諏訪優)というものが考えられる。ビートが良く利用する場所(例えばコーヒーショップ)の壁に“ART IS LOVE IS GOD”(芸術は愛なり神なり)という言葉がスローガンとして掲げられていた、創造行為だけが世界の瓦解に対するただひとつの防衛手段だ(ケネス・レックスロス)というとき、まさにART IS LOVE IS GODであり、ビート・ジェネレーションにまつわるすべてがこの言葉に発してると考えられ、このような態度・意識を持った人々が、詩をたずさえてムーブメントを果たした。強権に対抗する精神をもった断固たる決意が感じられる。彼らの考えとしてもう一つ、日々勉強、探求、という考え方、まだまだ人間として勉強をしなければならないという考えに基づき彼らは各地に旅に飛び散った、“孤立した人間の自我の発見”、“人間の人間たる本然の姿を求めて”。ビートは詩や文章以外ではあまり発言をしていない、発言よりもむしろ行為に秘められている暗黙の発言、そういう行動が重要なのである。それが彼ら詩とともに、現代の虚偽と不安に満ちた唯物的なアメリカ文明に対するもっとも人間的な行動、人間の尊厳と人間が作り出す芸術作品に至上の価値をおいたところに芸術は愛なり神なりというモットーが存在した。探求という部分で、人間の奥底にある裸の精神が見える世界、それは一種の可能性や快楽、JAZZのビート、セックス、禅、マリファナ、タバコ、麻薬、それらを使ったり楽しんだりすることでその奥底に見える隠れた人間の一部分が垣間見える、それを追いかけたり表現したりするための探求(DIG)であったと考えられる。彼らビートはそれぞれ個性のある人間の集りだ、それぞれ考え方はさまざまでAもいればBもいるしCもいる。その中で互いの個性が互いを成長させていく、それぞれの意思や精神というのは分かりにくく表現が難しい、記述なんかもできないようなものだが、それぞれの奥底にある意思のベクトルの先は同じところに向いている。それは例えば、詩だったり文章だったり音楽だったり絵画だったり表現方法は違えども、向かっている先の点というのは同じ場所で、だから共鳴し合えるし、一緒にいられるし、集れる。つまり類友、同じような人間は自然と集ってくる。その中でどう生きるかというのが重要になってくるんじゃないか、彼らビートがとった行動、態度というのが人間性の回復に即してとった勇敢な態度であり、それが後の若い世代に受け継がれてムーヴメントが起きていったと考えられる。それがヒッピーであり、ロックと呼ばれる音楽であり、絵画であり、1969年のウッドストックロックフェスティバルであり、原点はこういったビートのライフスタイル、行動、態度、精神だと信じている。

ジャック・ケルアックがこういうふうに文章としてのこしている、

「不意に僕は、タイムス・スクウェアにいる自分を見出した。アメリカ大陸を約8000マイル旅して、再びタイムス・スクウェアに戻ってきたのだ。しかもラッシュ・アワーの真っ只中に。僕の道路しか見ていなかった無垢な眼に映るのは、ニューヨークの徹底した狂態と怪奇な荘厳の叫び声だ。何百万という人間が、わずかの金を求めてたえず押し合い、つかみとったり、もらったり、与えたり、ため息をついたり、狂気じみた夢を追い、そして死んでいく。死ねばロング・アイランドの向こうの、あの荘厳な共同墓地の町に埋葬されるのだ。ここはこの国の高い塔の都市―この国の一方のはし―薄っぺらなアメリカの生まれるところだ。」

と異常なこの時代の社会の象徴である大都市、それを心臓部として動いてる薄っぺらなアメリカについて、ジャック・ケルアックは「路上 on the road」のなかで表現した。あらゆる習慣のきずなを断ってきままに行動する若者たちの姿を描いた作品だった。

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by pivote-21 | 2009-02-20 16:31 | book

MINAMIKENOCHIAKI


原始的生活、現代社会からの脱却、

貧困な精神においやり自我に目覚めることこそ機械社会で個性のないモダン社会に対する

ビートニクからの答え。


ということで、やはり彼らの作品はすごいです。

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特にウィリアム・バロウズの「裸のランチ」は内容がエグスギル。。。。

とても説明できる内容ではないっす、

まあ簡単に言うと彼はジャンキーでお薬のさまざまなことがかかれてて、

それがショートショートみたいになってて、とにかくそういうこと。

確実に18禁な内容、官能ではないです。

ただし、健康で意思の強い、精神力の強い、ちょっとしたことでは驚かない肝のすわった

人間じゃないときついないようです。



ジャック・ケルアックの「路上」はヒッピーのバイブルです。

読みにくいし、登場人物多すぎだし、あっちこっち町を移動するし。

でも、読んでいくうちに分かります。これが原点かってことが。



知らないより知るほうがやっぱ楽しいっすね。
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by pivote-21 | 2008-11-14 00:36 | book